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DATE COURS PENTAGON ROYAL GARDEN(デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン。 略称DCPRG)は1998年に計画/結成され、99年にマキシ・シングル「全米ビーフステーキ・アート連盟/シノ」、 アルバム「アイアンマウンテン報告」でデビューしたバンドで、01年 に、それまでローディーだったサックスのゴセッキーがメンバーとして加入、02年に ギタリストの交代(大友良英からジェイソン・シャルトン)、03年にブラスセクショ ンの導入を行った以外は、結成メンバーのまま現在も活動中です。現在僕は、活動休 憩中のスパンクハッピーも含め、4つのバンドを主宰していますが、その中ではこの バンドが最古の物です。
結成の経緯に関しては僕の一冊目の著作「スペインの宇宙食」に詳しく、このバン ドのためだけに一章を割いているので(「ダンスバンドを、戦争より先に作っておく 」)、そちらをお読み頂くのが、結成時の狂気に近い昂揚を追体験できると思われる のですが、現在これからDCPRGを経験しようと言う方々に対して、一言で説明するな らば「ジャズ、特に70年代マイルスと、アフロビート、特にフェラクティ以後を脱構 築させた様なダンス・ミュージックで、3時間ぐらいライブをする」といった感じで しょうか。
3時間という基礎単位は、ある種の儀式性に到達するのに最も適した時間で、経験 則的に導かれた物です。とはいえ、東京以外の場所で、3時間のライブを行うことは 未だに困難なのですが、とはいえ本式と略式があるのは儀式の常でありまして、神前 結婚式なんてあれイチイチちゃんとやってたら明治神宮が若干貧乏になってしまいま すね。
「戦争とダンス。アメリカという強国の存在」という問題意識をバンドの活動基盤 に置いている上、01年にファーストアルバムが出てすぐに(レコ発ライブの数日後。 といった、余りにジャストなタイミングで)例の同時多発テロがありましたし(御存 知の通り、ペンタゴンは焼けコゲ作りましたし)、そもそも北米には「混血を含む有 色人種による、反米的な、大人数の、ポリティカルなメッセージ性を持ったダンスバ ンド」という伝統的なスタイルもありますので、我々も活動の初期はストレートなポ リティカル・コネクト(反戦活動や反米活動など)を読みとられがちだったのですが、 前述の「スペインの宇宙食」をお読み頂ければご理解頂ける通り、この極端にフロア を焚きつけるバンドの初期衝動は、そうしたステージの物ではなく、むしろ個人とし ての不安神経症の、ダンスによる自己治癒的な側面が結成/運営の推進エネルギーで した。
案の定、活動開始直後に、僕は潜在させていた不安神経症を発症し、むしろその事 によって、ダンスミュージックに治癒効果(というよりも、無化効果と言った方が良 いかも知れません)がある事を、(自己)人体実験的に確信し、更には、人類がダン スを必要としている。という根元的な現象にどんどん向かって行ったまま現在、活 動7年目に入りましたが、かといって「戦争/アメリカ」という問題意識それ自体が霧 散したわけではありません。今にして思えば、同じ対象に社会意識として参入するか、 個人の神経症として参入するかの差があっただけ。とも思います。両者の差について は、無限の溝があるようにも、コンマ何ミリかの稜線が引かれているだけの様な気も します。何にせよ「アメリカ/戦争/ダンス」という三題噺は、このバンドのイマジネー ションの源泉として、未だに存在し続けています。
音楽構造に限れば、整数的な奇数拍子、整数的な複合拍子、非整数的な複合拍子。 といった、20世紀までは「ダンス・ミュージックには向かない」とされていたリズム 構造を使って、原始的なダンス衝動を誘発する。という、リズム・ルネサンス、そし て、シンプライズされないとダンスには使えないと言われていたジャズ・ミュージッ クによるダンスホール・ジャズ・レコンキスタという側面があります(僕にとっては、 こうしたことの周到な計画性の方が、ステージ上で「戦争反対」と叫ぶよりも遙かに ポリティカルだと思うのですが、幸か不幸かそういった指摘はありません)。
僕のバンドの中では最多のアイテム数を持つので、ここでは代表的なCD/DVD作品の み解説付きでご紹介しようと思います。商品カタログ的な情報(曲名やバイヤーによ る解説など)はオンライン・ショップのそれを御参照下さい。
05年は初のライブDVD集「ミュージカル・フロム・カオス2」のリリースの後、 MUSIC ON TVで特番(天才夏目監督による「スクラッチング・フロム・DCPRG」。これ は登場人物が僕と二人のストリッパーだけという伝説のトラウマ番組で、製品化が待 たれています)の放映、ライブの3時間生中継ひとつと、むしろケーブルテレビ進出 が多かった年でライブ活動は少なかったのですが、06年は結成以来最大規模のツアー (東京〜名古屋〜大阪〜京都〜広島〜東京〜仙台。総てライブ録音チームと、夏目監 督含ライブDVD撮影チームが同行し、巨大ツアーになります)を敢行し、3年振りのオ リジナル・フルアルバムの制作が決定しています。
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