オーチャードホールへの招待

Dec-01-2008


 愉しき哉混乱の予感。麗しき哉憂鬱と恐怖の綻び。今年もまた、ベンヤミンがクレーの天使を待つ間に、我が帝都東京にはウォームディステンバーがやって来て、オーチャードホール公演まであと5日となりました。

 この仕事をしておりますと、例えば昨日、サイン会の席で、初老の紳士に「昨日、あなたのマイルス伝をアマゾンで買ってねえ。名前を知りましたよ。あなたも演奏するのでしょう?コンサートなんかなさらないのですか?」等と言われ、なるほど、インターネット社会では情報の新旧/審級は消え失せ、たった今この瞬間にも(特に宣伝活動などしなくとも、ワタシの過去もしくは現在のうちのいつか、どれかに、たまさか遭遇された方によって)、フレッシュなお客様が常に量産されている。といった噂の真相を知ったりします。どうやら噂は、本当の様です。



 という訳で、御贔屓筋にはしつこいようですが、改めまして、来る12月5日、6日に連続で行われます、オーチャードホール公演についてしたためさせて頂きます(こうして御案内している段階で、既に前提ではありますが、念のため。残席は僅少ながら存在しますので、当日でもご来場頂けます。「最良席」とまでは言いませんが、オーチャードでは席指定が無く、お買い上げ順で自動的にシートナンバーが決まりますので、これから公演当日までの間ですと、高い可能性で2階席になると思われますが、オペラハウス/クラシック用ホールでの2階席は良席と称するに吝かでない事はご存知でしょう)。

 前/初回も御陰さまで盛況を頂きましたが、今回は1年ぶりの第2回ということで、公演内容以外にも少々の趣向を凝らしておりまして、興行としてのホール公演でありながら、ワタシがオーガナイズするパーティーカルチャーの提示であり、「社交」や「儀式」をテーマにした、イベント型モダンアートでもあるという構えに成って・・・と、しかし、結局それは、ワタシの作品の在り方の基本的な構えですから、要するに「いつもの通り」なのですが、今回は関係各位の尽力と御理解により、よりダイナミックで立体的になっております。公演内容に関しては説明無用という訳で、本日はこちらの趣向だけご案内させて頂きます。



 初日(5日。出演ダブセクステット)には、日本のオペラハウス/クラシック用コンサートホールでは初めて、DJプレイが入ります。日本を代表するジャズDJであり、クラブカルチャーの牽引力として世界水準の業績とスキルを誇る沖野修也氏のプレイを御堪能頂いてから、我々の演奏をお楽しみ頂きます。初日の公演はゲートオープンからノンストップで続きます。言うまでもありませんが、この日はオーチャードホールを使ったジャズのパーティーですので、踊るも良し、騒ぐも唸るも大いに歓迎です。


 
  また、二日目(6日。出演ペペ・トルメント・アスカラール)には展示があります。ここ数日のトークイベントで解説させて頂いた通り、「記憶喪失学」のジャケットは、メキシコ壁画運動の立役者であり、フリーダ・カーロの夫であるディエゴ・リベラがメキシコの国立音楽堂に書いた壁画の模写的なパロディですが、この原画を額装し、協賛であるパーカー万年筆による、公演用の手書き楽譜と並び、ホール入り口に展示させて頂きます(絵に関しては、ご購入を希望される方がいらっしゃったら販売致します。因に画家はワタシでは有りません)。二日目の公演は、20分間の幕間を設け、二部構成でお届け致します。



 そして、初日、二日目共に、ワタシがセレクトした、「その夜の音楽と最もマリアージュする酒」を御用意しております(詳細は、当欄5コマ前「11月17日オーチャードでのメニュー決定」をご参照下さい)ので、開演前や幕間にお召し上がり頂けます。出演者の代表がお客様にご提供する酒を選ぶ。という事も、我が国に於けるオペラハウス/クラシック用コンサートホールでは一般的ではなく、現在の所、ワタシが知る限り、ワタシのコンサート以外には行われていません。全くの下戸。という方でも、アロマだけで充分にお楽しみ頂けます。


 更に、終演後は、新/旧譜、新/旧刊の区別無く、ご購入頂いた方にサインを差し上げる事になりました。前回は当日に先行予約/販売があったのでサイン会が正式に行われたのですが、好評につき、今回も中小規模で行わないか?という依頼があり承りました。ワタシだけではなく、メンバーも何名か帯同して行いたいと思いますのでお楽しみに。


 最後に、今年はささやかながらコンサート・パンフレットを製作しました。曲順表〜演目の解説や楽器の設置図面などに加え、大谷能生氏、小沼純一氏による解説と、撮りおろしの写真で構成されています。以下、そのパンフレットに掲載される、ワタクシのご挨拶を掲示させて頂きます。



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 <本日は、二度目のオーチャードホール公演にお越し頂き、誠に有り難うございます。スタッフ、メンバー、ホール側、あらゆる膨大な関係者全員を代表し、心からの感謝と敬意、そして連帯や共闘。といった感情を表明させて頂きます。

 皆様ご存知の通り、我が国の、東京だけに限っても、実に数多くのコンサートホールが存在し、そこでは毎日の様にコンサートやイベントが行われています。クラシック、オペラ、バレエ、ミュージカル、ポップス、稀にロック(更に稀に、ジャズ)。

 しかし、再び皆様ご存知の通り、私の音楽は、そのどれとも違います。私の音楽にとっては、コンサートホールとは、クラシックやオペラ、バレエに於ける様な、日常的な場ではありませんし、ポップス或はロックに於ける様な年末大興行、苦節○年の出世の証しでもありませんし、ごく稀なジャズに於ける様な、「大人の、高級な音楽」といった、まるで雲を掴む様な、漠然とした打ち出しを約束する便利で高額な記号。でもありません。

 三度皆様ご存知の通り、現在は極端な乱世の前夜と言う事が出来るでしょう。恐慌と疫病が準備され、巨大な格差が世界を覆い、アメリカで初の黒人大統領が生まれ、資本主義を含めた、あらゆる20世紀までの価値観が揺らぎ始めようとしている中、<ホールコンサートはリュクスでゴージャスで勝ち組でドレスコード有りの大人の音楽だ>或は<ホールであろうとどこであろうと音楽に変わりがあるものか、こっちは大衆の路上の物だ。気取るんじゃない>等という、ホールコンサートに対する二元論は、昨日までの歴史にしがみつき、状況に踊らされているだけの、非常に幸福で薄弱な考えです。私は、「世間では暗いニュースばかりが続きますが、せめて今夜は私の音楽で、一時でもそんな事は忘れて下されば幸いです」という、在り来たりな素晴らしい台詞すら、申し上げるつもりはありません。

 私がホールコンサートに見い出し、付加している意義と美意識は、私と皆様が連帯し、共闘する分け前として、既にやり取りされています。あなたがどういう気持ちでコートをクロークに預け、どういう気持ちで着席し、深く呼吸をして目をつぶるのか、その時点から、私はあなたと連帯していますし、バルコン付きのオペラハウスで、私が選んだワインを飲み、私の音楽を聴く、今宵のあなたの全知全能と、私の全知全能は、一時も休まずに響き合い、熾烈なゲームを繰り広げています。このゲームに共通の目的、即ち勝利が有るとすれば、それは「現実に立ち向かい、エレガントに楽しむ」という一点のみです。


 この現代社会に於いて、粋で、鯔背で、歌舞いていて、派手で、沈んでいて、美しく、悲しく、そして艶かしくあることは難しい。狂気じみて知的で、野蛮で、クールで、マーヴェラスでいることは、過去のいつよりも非常に難しいと言えるでしょう。同時にしかし、乱世とは、それが生み出される最大の好機でもあります。1961年、マイルス・デイヴィスのカーネギーホールのコンサートにはそれがありました。1964年、マイルス・デイヴィスのリンカーンセンターのコンサートにも、ベルリン・フィルハーモニック・ホールでのコンサートにも、それはありました。

 僭越ながら、私は恐らく、マイルスほどの天才は持ちません。しかし、現在の世界の混乱は、60年代中期の世界の混乱を明らかに、遥かに上回っています。私が申し上げる「在り来たりな素晴らしい台詞」があるとするならば、「コンサートとは、皆様と共に創り上げる物です。今日はとても良いコンサートに成りました。有り難うございます」という有名な物です。多くこの台詞は「チケットが売れた御陰で、良い気分で(ひと安心して)演奏出来た」「みんなが自分の音楽を愛してくれて嬉しい」といった真意を粉飾した物ですが、畏れながら「私だけは違います。私だけはその言葉の意味に忠実です」と、ここに明言させて頂きます。

 改めまして最後に再び申し上げます。2008年12月の、菊地成孔のオーチャードホール公演に、あなたがお越し下さった事に、感謝と敬意、そして連帯と共闘の感情を表明させて頂きます。極端な現実を乗りこなし、愉しみ、そしてそれを変えてしまう事は、私一人では到底無理、素晴らしい楽団員が揃っても、まだ無理なのです。今日のコンサートが、混迷する現代社会に、小さくも痛烈な一撃を与える、素晴らしい美しさを持った作品になりますよう。タフに、そしてエレガントに。共に楽しみ、共に創造しようではありませんか。

 菊地成孔>

 


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 と言う訳です。ここ数ヶ月で、この公演のパブの為に、実に多くの雑誌のインタビューを受けまして、これまたワタシの属性に忠実と申しましょうか、そのバリエーションは右から左から、上から下から、表層から内面から、ミッドタウンに住む人々から路上に住む人々まで、実に多岐に渡りまして、総時間にして果たして何時間分のテープが回ったか見当もつかないのですが、ワタシが申し上げていた事は、媒体を問わず、たったひとつです。

 要約するならばそれは「格差が極端に広がった社会を境界線上のワタシは攪乱する。目的は、独自で極端な、美と平和である」という事なのです。黒澤明の「用心棒」はその事を構造的に描いた映画として、歴史に残っています。初日の演奏を、バラック・オバマ氏が次期合衆国大統領に就任が決定したことに、二日目の演奏を、クロード・レヴィ=ストロース氏が100歳の誕生を迎えたことに捧げたいと思います。それではオーチャードホールで御逢いしましょう。