フィット&ガンボ
Jan-16-2009
NHK調べに依れば。ですが、我が国の10〜20代における可処分所得中の、服にかける割合がとうとう70%を超えたそうです。これは1950年代後半の北米に於ける黒人ユースのそれを凌駕する、極端と言うべき数値であり、そもそも「でっかい会社が出す統計結果」というモノをハナから相手にしないタイプとしましては、「俄には信じられない」だの「絶対捏造だこんなもん」だのと言いたい所なのですけれども、慶応義塾大学、アテネフランセ、私塾、と、常に3つの学校で若い学生と接し、服飾の批評で禄を食み、正月明けから今年もデパート通い。という身としましては「リアルだな」と言わざるを得ません(NHKにいっぱい出てるからNHKの統計にヨイショしてんだろ。等と仰らぬよう)。
そしてこのリアリティは勿論「最近みんなお洒落だもんね(特にメンズ)感」によって保証されている訳ですが、それ以上に「ちゃんと食ってないでしょ食い物なんでも良いでしょ感」によって、より多く保証されていると言えます。
本来ならば音楽や書籍にかける割合の低下こそを真っ先に嘆くべきなのでしょうけれども、例えばファンメールに「あなたのCDは一枚も持っていません、ライブは一回も行った事がありません(が、「あなたの音楽の大ファン」です)」といった記述が目立つ様に成ったのはここ数年で、最初は「ああ、関係妄想の方だな。お大事に。サイトというものも善し悪しであるなあ」或いは「え?ひょっとしてケンカを売っているの?新しいなあこれは」等と思っていたのですが、その答えは「U-TUBEとニコ動で済ませている」のだと知った時には、これぞリアリズムによるファンタジー。と思ったものです。
ワタシが「コンサートの料金」という、それまでは自分とは一切関係がないと思っていた実数について、自らの表現の素材の一部とし、自ら扱う事にしたのは、昨年からです。言うまでもありませんが「不景気だから値下げ」或いは「不景気だから敢えて値上げ」というのは無芸大食、与太郎でも出来る事です。今や「価格」も、芸術表現に包括されるファクターに成った時代だと言って良いでしょう。即ち、保守的な芸術は保守的な価格を持ち、先鋭的な芸術は先鋭的な価格を持ち、前衛的な芸術は前衛的な価格を持つ訳です。
と、話が逸れた上に、面白く成ってしまいましたが、要するに、パソコンから音と映像は出て来るが、飯と服は出て来ない(なので、外に出ない。という選択も過去のものとなり)。という事実を前にする限り、服代が圧迫するのは食事代だという二項対立イメージからはどうしても逃れられません。衣食と並ぶ「住」も考慮するならば、そのうち「部屋を持たず、ジャンクフードばかり食べている、凄くお洒落な青年。服は貸しロッカーへ」といった存在が顕在化するでしょう、などと言えば、地方都市在住の読者の方は吹き出されるかも知れませんが、中〜近過去という物も以外と多彩多色でして、1960年代中期のクレージーキャッツ映画、例えば「ニッポン一の色男」を見るに、「部屋は狭くて汚いが、外に出る時はスーツでびしっとお洒落」という「平均的な」ライフスタイルが描かれています。
とはいえ50年代末の黒人ユース(の中でも、統計の母集団に成る様な、大都市在住の、中流以上の生活水準の人々。と幾重にも限定されるとはいえ)は、ある意味社会的、攻撃的なメッセージとしてお洒落をしまくり、代わりにソウルフードを食べていた訳ですが、00年代末の黄色人ユースはジャンクフードを食べており、お洒落、しかも戦闘的なそれは大いに結構とはいえ、食は人なり。エンゲル係数だけ見れば「非常に豊か」とジャッジされてしまう現代の学生達ですが、魂の飯は良いけれども、壊れた飯はいけません。
30年も続ければ、すっかり頭が馬鹿に成り、精神状態が悪く成り、内臓が弱く成り、勃起不全になり、肌がボロボロになります。現代は、ジャンクフードで内臓を責め立て、パソコンで自我を責め立て、コスメで顔面を責め立てる時代ですが、内臓さえ鍛えれば、あとの二つはどんなに責め立てても大した事ではないのではないかと思います。昨年のクリスマスに飯島愛さんが残したメッセージを真摯に受け止めなければいけません。AVがいけないわけがない。ハルシオンがいけないわけがない。孤独すらいけないわけがない。いけないのは、様々な理由をデッチ上げ、内臓を大切にしない事です。フードでジャンキーになるのは、ドラッグでジャンキーになるよりも、遥かに痛ましく、リアルな事です。
スローフードだナチュラルフードだとトロくさい事を学生に言うのは無駄ですし、菓子を止めろとも言いません(今世紀の菓子類は、前世紀の菓子類よりも遥かにヘルシーですし)が、「平均的な一汁一菜の和食がヘルシー&ビューティー」というのは、今の所、加齢に危機感のある女性の間でしか定着していないでしょう。即ち、加齢に危機感のある女性でないと食べにくい存在になる可能性があります(大戸屋さんの功罪と言いましょうか)。ワタシが推奨するのは、動物の内臓や皮膚や砕いた骨、魚介類の切れ端、種類豊富なクズ野菜、豆等をゴチャゴチャに煮込んだ、安価で栄養豊富、しかも油と塩が強く、ラーメン舌やハンバーガー舌にも親しみのある、ガンボ(クレオール/ケイジャン料理)の安いプレートをカフェで出す事です。
カフェ飯の世界というのは栄養価よりも、オモチャ感やママゴト感といった退行の悦びによって作られた世界であり、即ちオモチャ同様にカワイイけれども、オモチャ同様に「食べられません」というシールを貼らなくてはいけない代物ですので、主食が保証されているという状態でたまに淫するのが正しく、再び即ち、ずっとオモチャで遊んでいると、心身がオモチャに成ってしまうのです。
濃色の煮込みが多いガンボ(クレオール/ケイジャン料理)の弱点は、「見た目に汚く、そして服が汚れやすい」に尽きるでしょう。前者は与し易いのではないかと思います。ガンボがドブ川の様に見えるのはミシシッピ川のシュミュラクラですが、日本人が大好きなカレーも改めて見るならばガンジス川です。しかし50年代末の黒人は、ガンボでシミだらけのスーツもクール。としました。
あと一回で終わる慶応大の講義ですが「過去、先人が酷い差別にあったため、大衆消費メジャーになり、世界中でそのカルチャーがクールとされながらも、被差別感が払拭出来ずに苛立っている」という意味で、50年代以降の北米の黒人と現代の日本のヲタクは相同性がある(かもね。こじつけだけどね)という結論を導きました。ワタシが学生達に言いたいのは、ある時期の黒人達を見習えなどといった、表層的/扇動的/限定的なメッセージのみならず、<安価だが良質でクール>という状態を、服だけではなく食にも常にイメージしろ。という事でして、しかしながら外食に固定する限り、これは服飾とは違い、彼等だけでは実現出来ません(彼等がさすがに服を自作する訳にはいかない様に)。
ザリガニもソーセージも鳥レバーも貝類もオクラもセロリもピーマンもタマネギもトマトもニンニクも入った、真っ黒か真っ茶色(ブラック&タン)のクレオール料理のコスパは客にとっても店にとっても非常に高く、ワタシの試算では、いくつかの食材の流通さえ上手く行けば。ですが、ワンプレート400円まで落とせるにも関わらず、現在の所、ニューオーリンズ音楽が流れるバーみたいな場所でないとありつけません。時間さえ許せば、上野公園や山野で行われる炊き出しのメニューに投入し、現在の占有メニューである豚汁と比較して頂き、どれだけ力が出るかモニターして頂くよう尽力したいほどです。「それでは学生達がクールと思ってくれなくなるではないか」というリスク指摘もあるでしょうが、ワタシの読みでは、そのリスクは回避出来て釣が来ます。上野公園発、下北沢のカフェ経由、青山のカフェ経由、総てのクラブ行きというコースで始発はオーケーです。ディオール・オムとクレオール料理の相性は悪くありません。フランス語の勉強に成るかもしれませんし、単純に、都市部では非常にイケている感、つまりモードが有ります。ガンボを含めた、クレオール/ケイジャン料理に関する情報は、いくつかの代表的な書籍がありますが、おそらくネット検索で出てくる(と思います)ので、そちらをご参照下さい。
とさて、ここでいきなり話題は変わり、昨年当欄にて「メタボに悩む中高年男性にのみお教えします」と書いた、ワタシが推奨するスクワットですが、大変な数のメールを頂戴し、いちいちコピペするのが大変なので、こちらにアップします。「最初からそうすりゃ良かっただろ」という話ですが、「まあ、来て5〜6人だろうし、面白いから通信教育みたいにしよう」と思っていたら・・・という訳です。「本当は食べてないんじゃないか?」とまで言われておりますワタクシですが、どれほど時間がなく、どれほど疲れていようと、総ての運動メニューをカットしても、この3分間だけは毎日欠かしません。最近は優れたフィット雑誌も多く、筋肉の名称など、テクニカルタームが一般化している状態ですので、敢えてそうした物は使わずに記述します。
1) 肩幅に足を広げて立ち
2) 手は合掌させ
3) 3秒かけて(この秒数は、どんどん延ばし、最終的には15秒位を目指してください)腰を沈め、また戻ります。
4) 重要なポイントは、膝を爪先よりも前に出さない(出しながらやると、特にメタボ気味で体重が膝にかかっている方は、あっという間に膝をやられますから厳重に注意して下さい)。上体を屈ませないで真っ正面に保つ(屈んでしまうと、怪我もありませんが、効果も全くありません)。の2点のみです。
5) 2点のみと言っても、それを守るのはキツく、最初は、「この2点を守る限り一回も出来ない」という方も多いと思いますが、そういう場合は、後者のみ妥協してやってください。前者は膝関節の損傷に繋がるので絶対に妥協せぬ様。
6) 我が同年輩の中年諸氏ならば「ジャッキー・チェンが映画でやっていた訓練」と言えば、映像イメージが鮮明に成るでしょう。目線はですから、水平よりやや上です。
7) 初日は1分間で止めて下さい。もっと出来ると思ったら、その欲求不満を翌日に回して下さい。というか、その精神状態を永続します。つまり、死ぬまで永遠にやるのです。「もうこれ以上出来ない。というところまでやってしまい、クタクタになる」という禁断の行為が、習慣切断の日になります。
8) もういい加減、やった気にも成らない。ポーズしているだけで、どこにも効いていない。という感覚が1週間も続いたら、30秒延ばして下さい。
9) やる時間を延ばす事と別に、日々、一回(一往復)にかける秒数も延ばして行きます。
10) 最終形は「一回(一往復)を10〜15秒かけて、一日3分間」です。これ以上どんどん負荷をかけても意味はありませんし、続けられなくなるというリスクが出て来ます。最終形が何ヶ月後に到達するのかは個人差がありますが、今まで運動の習慣が無かった方だったら1年位かかっても普通です。最終形に到達したら、しつこいようですが、一生続けます。
11) フィットされるのは、大雑把に、ヘソから下全部です。メタボは、一般的な腹筋運動で鍛えられる腹筋が締まっても避けられません。ソケイ部(男性器周辺)とその裏側(腰の辺り)、つまり下から絞る形にしないといけないのです。人間の筋力は加齢とともに衰えますが、衰え方に個人差は(大きくは)ありません。下半身から衰えるのです。掴んだり引っ張ったりは出来るんだが、足腰がね。というのが老化のスタンダードな形ですので、この習慣で遅らせる事が出来ます。
12) ストレッチや他の運動と組み合わせる事で、もっとハードにやる事が可能ですが、これ単体だけでもぜんぜん違います。ハッタリ好きな指導者だったら「一日3分間で、あなたの人生が変わる」と言うでしょう。3分間など、ボケーとしているうちに経つ時間です。効果があったという報告をお待ちしております。